終戦を知らせる夏が、また巡ってきました。
小3の娘が音読する『ちいちゃんのかげおくり』を聞きました。
いつぶりでしょうか。
一度目で涙があふれ、二度目もやはりこらえきれませんでした。
全編を知りたくなって図書館で本を借り、昼下がりにひとりで読んで涙が止まらず、夜には娘に読み聞かせながら、また泣いてしまいました。
子どもの頃、国語の授業で泣いた覚えはありません。
今になってこんなにも涙があふれるのは、年齢を重ねたからでしょうか。いえ、子どもをもったことが大きいのだと思います。
子どもが生まれてから、世界を見る視点がひとつ増えました。
それ以来、子どもが関わる出来事にはとても涙もろくなったように思います。今回もそうでした。
――ちいちゃんは、空に消えてしまいました。
なぜちいちゃんが。
お母さんは、あの時走るしかなかったのでしょうか。
はす向かいのおばさんは、ちいちゃんを一緒に疎開に連れて行けなかったのでしょうか。
そして、戦争は本当に起こらなければならなかったのでしょうか。
悔しくて、やりきれない思いでいっぱいになります。
けれど同時に、それぞれの立場には、それぞれの事情があったのだろうとも思います。
お母さんは、戦火から家族を守るために走るしかなかった。
けれど「あの時なぜ走ってしまったのだろう」と、一生悔やみ続けたかもしれません。
はす向かいのおばさんも、疎開先でひとり多くの子を養うのは大変だったはずです。
「ちいちゃんの家族は来る」と信じるしかなかった。
その後、「ちいちゃんは本当に家族に会えただろうか」と、眠れぬ夜を過ごしたかもしれません。
戦争に関わった人々も愛する人を守りたい一心で、命令に従ったのかもしれません。
それでも「あれでよかったのだろうか」と、苦しんだ夜を抱えた方もいたのではないでしょうか。
もしそれぞれが、ほんの少しでも思いを広げられていたなら――そう思うと、悔しくてなりません。
そんなことを考えているうちに、「肯定的意図」という言葉が頭をよぎりました。
肯定的意図
書籍『まず、ちゃんと聴く。』で紹介されている概念が、まさにこのとき頭をよぎった「肯定的意図」です。
まず、本書では次のような前提が語られています。
なお、これから説明する「肯定的意図」という信念は、人生における普遍の真理でもなければ、人として持つべき正しい考えでもない。あくまで、聴く際に有効な信念だ、という私の信念であることを念頭に置いて読んでいただければ幸いだ。
櫻井将 著 『まず、ちゃんと聴く。』 第2章 ちゃんと聴くを分解する
肯定的意図とは、「脳と心の取扱説明書」とも言われるNLP(Neuro Linguistic Programming)で大切にされている原則だ。NLPの主要な開発者の1人であるロバート・ディルツ氏によれば「全ての振る舞いは肯定的意図を持っている」という。
櫻井将 著 『まず、ちゃんと聴く。』 第2章 ちゃんと聴くを分解する
「自分とは違った意見や考え方、社会のルールや規範とは異なった言動であったとしても、その背景には必ず肯定的意図がある」という物事の捉え方だ。
さらに、別の表現もあります。
別の言い方をすれば、すべての行動はポジティブな目的を果たすために(あるいは、かつて果たしていたから)起こされているということです。
NLPFocus https://www.nlpjapan.co.jp/nlp-focus/positive-intentions-principle.html
書籍ではこの「肯定的意図」について次のように補足しています。
- その意図の及ぶ範囲は、自分が認識・共感できる範囲が限られる
- 肯定的な意図を認めることと、実際に行った行為を肯定することは同じではない
書籍『まず、ちゃんと聴く。』の「ちゃんと聴く」というのは、全ての言動の背景には肯定的意図があると信じて目の前の人に関わること。その「あり方」が「ちゃんと聴く」なのです。
今回はその中でも「意図の及ぶ範囲は、自分が認識・共感できる範囲に限られる」という点について考えてみました。
私は『ちいちゃんのかげおくり』を読みながら、「もう少しだけでも思慮の及ぶ範囲が広ければ」と強く悔やみました。
登場人物それぞれに、きっと肯定的意図があったはずです。
けれど、その意図が及ぶ範囲は、とても狭かったのではないでしょうか。
戦争という極限状態がそうさせたのかもしれません。
- お母さんは「走らないと爆撃に巻き込まれる」と考えたでしょう。
- はす向かいのおばちゃんは「家族に合流できるなら、ちいちゃんを置いていっても大丈夫」と自分に言い聞かせるしかなかったのかもしれません。
- 戦争に関わった人は「この爆弾を落とさないと、自分の家族が狙われる」と信じていた可能性もあります。
もし爆撃する人がちいちゃんを知っていて「そこにちいちゃんがいるかも」と思慮を巡らせたら、爆弾を落とせなかったかもしれません。
いえ、日本人と少しでも交流があっただけでも思いとどまったかもしれません。
ここで少し脱線します。
映画『風の谷のナウシカ』の終盤で、ペジテのスパイが子王蟲を助けに来たナウシカに亡き知人を重ね、銃を撃てなかった場面があります。
敵に知り合いを重ねることで、認識と共感の範囲が一気に広がった瞬間だったのではないでしょうか。
そして銃を向けることが恐ろしくなったのかもしれません。
私にはそんなシーンに映りました。
私は戦争を経験していません。
けれど、子どもを持ったことで「子どもを失う悲しみ」を現実味を帯びて想像できるようになりました。
だからこそ思うのです。
視点を増やすことは、肯定的意図の及ぶ範囲を広げる作業につながる、と。
本を読むことも、旅行をすることも、実体験だけでは届かない視点を取り入れる行為になると思います。
そして、それは私のセッションで大事にしている「without ジャッジメント」な聴き方にも欠かせない要素なのです。
「相手の立場を知らなければならない」と考えると、大げさで聴くことが途端に難しく感じられます。
けれど「私の知らない事情が相手にはあるんだよな」というスタンスであれば、ずっと自然に向き合える気がします。
それを続けていたら世界平和にもつながるのではと本気で思っているのです。
――話が少し飛躍してきたので、今日はこのあたりでお開きにします。
書籍『ちいちゃんのかげおくり』紹介
小学校の国語の教科書のスイミーに並ぶ定番。
大人になったら、親になったら別の視点で味わえると思います。ぜひご一読ください。
書籍『まず、ちゃんと聴く。』紹介
聴く人だけでなく、伝えたい人にもかならず刺さる1冊。
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