「ただそれだけの事」
私が妻の前でだけ時々口にする言葉
コミックのキャラクターの口癖なのだが、読んで以降私も自然と口にすることが多くなった。
それを何とも思わずいたのだが、最近思う所があったので振り返ってみる。
私は業務委託の企業の看護師をしている。
最近始めたばかりなので、先輩看護師がついてくれており、様々なフィードバックをいただける。
その先輩からのフィードバックが実に小気味いいのだ。
自分にマゾっ気すら感じる程、小気味いい。
フィードバック内容をいくつか紹介しよう。
「説明が冗長」「独特の言語表現」「話し方が口語的」
あなたはこう言われたら、どんな感情が湧いてくるだろう。
羅列すると自らの株を下げているようで、いささか抵抗はあるが、実際は小気味よさを感じているのだからおかしい。
これにはカラクリがあって、先輩が述べている事実と感情を別にしているからだ。
先輩はどの言葉も状況を表現しているだけで、感情は表現していない。
「説明が冗長」と「独特の言語表現」に関しては解像度が荒いが、私には思い当たる節があった。
先輩には判断材料が足りないため、解像度が荒いのだろう。
フィードバックを頂けるのが本当に気持ちよかった。
「話し方が口語的」は客観的情報そのままで、『口語的な話し方』が適した場面とそうでない場面があるだけだ。
先輩は数回の面談同席した中で得た情報をもとに言葉でフィードバックしてくれた。
『ただ、それだけの事』
そこから私が落ち込むか、エッセンスを抽出して改善するかは私の問題である。
先輩の発した言葉が指す事実、先輩の感情、私の感情、これらは別で扱った方が良い。
たとえば先輩が「話し方が冗長で気持ち悪い」と言ったとする。
「話し方が冗長」は事実で「気持ち悪い」は先輩の感情。
これは別に扱うべきである。
先輩のことが好きなら「気持ち悪い」は自分の感情を逆なでするだろう。
先輩が感情で仕事をするなら「気持ち悪い」感情は、私にも悪影響を及ぼすが、私の先輩はそこのところの心配は不要そうである。
『ただ、それだけの事』私を中立に戻してくれるおまじないなのだ。
おまじないのお陰でこのような思考にいたったのか、私の考え方の癖が先なのかは分からない。
ただ、私の中で感情が悪く反応しようとした時に、我に立ち返るおまじないになっているのは間違いない。
それにしてもフィードバックがこれほど小気味いいものだとは知らなかった。
フィードバックをもらう時のコツがあって、それを掴めてきたのかもしれない。
相手がコツを押さえているか判断できないわけだから、これはフィードバックを出す時のコツともいえるだろう。
『事実と感情を別に扱う』
仏陀も似たようなことを言っていたらしいじゃないか。
これも人生を攻略する原則なのだろう。
余談だが、コミュニケーションがオンラインで完結していることも、この場合は良く働いていそうだ。
オンライン面談看護師の概要がまた一つ明らかになった。
関連して読みたい本もちらほら思い浮かんできたので、ここいらでお暇しよう。
それではまた。
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